松阪もめん

粋を誇りとした江戸の庶民にとって、倹約令でお仕着せだった着物の中で、最大限のオシャレは松阪縞。

粋とは、飾り立てず派手に目立たぬこと。

少し離れると地味な無地に見えるが、よく見れば繊細なスッキリとした縦縞が走る松阪もめんは、
まさに「」そのものでした。

当時の江戸の人口が100万人に対して、なんと年間に50数万反もの売り上げがあったことも頷けます。
今でこそ東京で「松阪もめん」を知る人は減りましたが、江戸時代に松阪もめんが大流行していました。

松阪もめんだけでなく、松阪牛でも全国的に有名になったり、
流石豪商の町といわれるだけのことはありますね。

15世紀になってエジプトやインドを原産地とする綿が日本に伝えられると、暖かく丈夫な木綿は「天下の霊財」とまで讃えられ、
衣料革命引き起こすことになりました。
しかし、綿の栽培は難しい。栽培の条件を満たす地域が、伊勢湾岸と大阪湾岸で、綿の栽培が盛んになりました。